東京五輪のスケボーで金メダルを取った堀米雄斗さん。
新種目でのいきなりの金で、大活躍でしたね。
そんな金メダリストを育てた父親の堀米亮太さんはどんな方なのか気になりますよね。
堀米亮太さんはタクシー運転手をしているようです。
そして、堀米亮太さんは、息子・雄斗さんのスケボーの指導もしていました。
そんな堀米亮太さんの職業や元スケボー選手の経歴を調べてみました。
目次
堀米亮太の職業はタクシー運転手!
名前:堀米亮太(ほりごめりょうた)
ニックネーム:ゴメス、ゴメさん
生年月日:1074年10月11日
出身地:埼玉県八潮市
堀米亮太さんは、息子・雄斗さんが小学生のころ、タクシー運転手の仕事をしていました。
タクシー運転手の勤務形態は、日勤、夜勤、隔日日勤という3つの形態が通常です。
隔日日勤とは、1勤務あたりの乗車時間が19時間〜21時間と長いシフトです。
ただ、翌日は必ず休みで、月に12回程度の出勤になります。
このスタイルに慣れるとかなり良い働き方という人も多いようです。
堀米亮太さんがどの形態で勤務していたかはわかりません。
でも、休みが増え時間の融通がきくならば、隔日日勤だった可能性も十分ありそうです。
隔日日勤なら息子・雄斗さんを指導したり、家族との時間もとったりしやすそうですね。
堀米亮太の年収は?
タクシードライバーの平均年収は、350万弱くらいです。
その中でも関東圏は年収が高い傾向にあります。
堀米亮太さんの出身地埼玉県では、2021年のデータによると460万くらいが平均年収です。
年齢や経験によっても給与は変わってくるようです。
堀米亮太さんの年収も460万前後ではないでしょうか。
遠征費のため洗車アルバイトも経験
小学生の頃からすでに海外遠征もしていた息子・雄斗さん。
そんな雄斗さんの遠征費を稼ぐため、堀米亮太さんは、アルバイトもしていました。
運転手の同僚の車を洗うアルバイトをしていたそう。
息子・雄斗さんが10歳の時からスポンサーはついていました。
しかし、大きなスポンサーがいくつもついていたという状態ではありません。
なので、遠征費なども工面する必要があったのでしょう。
さらに、堀米家は、雄斗さんの下に弟が2人います。
家族を養った上での海外遠征費となると、出費もかなり大きかったと想像できます。
息子のために、堀米亮太さんはかなり働いていたのではないでしょうか。
堀米亮太の現在の職業は?
堀米亮太さんの現在の職業は公表されていません。
ただ、変わらずタクシー運転手の可能性が高いようです。
息子・雄斗さんの金メダルをかけた決勝戦の2021年7月25日。
堀米亮太さんは、仕事を休んで息子の試合の行方を見守っています。
結局じっとみていられなくてサイクリングに出かけたようですが。笑
この日は、日曜日でした。
堀米亮太さんの職業は、日曜日に仕事を休む必要があるということですね。
もちろん、タクシー運転手以外にも、日曜日に働く必要がある職はたくさんあります。
ただ転職をしていなければ、タクシー運転手を続けている可能性は高そうですよね。
堀米亮太は元スケボー選手
堀米亮太さん自身もスケボーをしていました。
堀米選手がスケボーを始めたのは、中学1年生の時。
きっかけは、中学の友達がスケボーをやっていたことです。
堀米亮太のスケボーの経歴
地元埼玉県八潮市の中学校に進学した堀米亮太さん。
運動神経には自信がありました。
できるだろうと思って軽く乗ってみたら想像以上に難しかったそう。
そこからスケボーにはまっていったそうです。
コンテストにはあまり出場してこなかったという堀米亮太さん。
でも、その実力はかなりのものだったようです。
日本スケートボード協会が主催する大会では、優勝候補と言われていました。
実際の大会では、かなり緊張してしまって結果は振るわなかったようです。
でも、周りから優勝候補と言われる実力ってかなりすごかったんでしょうね!
また、堀米亮太さんは、別のコンテストにも出場しています。
100人ほどがエントリーする大会で5位になったこともありました。
堀米亮太さんは、コンテストより映像に残すことを重視しているそう。
映像に残しておけば、それをみて声がかかるかもしれない。
映像によってチャンスが広がると堀米亮太さんは考えています。
そう考えているようです。
堀米亮太は息子・堀米雄斗を指導
それは、息子・堀米雄斗さんを指導する際にも現れています。
という信念から、息子・雄斗さんにもたくさん見せてきたようです。
また、堀米亮太さんの教育方針は、4つ。
- とにかく基本の乗り方を徹底的に
- かっこつけた滑りはするな
- 尻込みせずに自身もって滑る
- 怖かったら無理して滑る必要はない
堀米亮太さんが、息子・雄斗さんに教えていたのは、中学生に上がる前後までです。
スケボー仲間と滑るようになってからは、息子・雄斗さんは仲間と切磋琢磨していたよう。
堀米亮太さんは、
と思って教えていたと言います。
たとえスケボーを辞めたとしても、その先の人生の幅が広がるだろうと。
息子・雄斗さんは、オリンピックで金メダルを取り、まさに人生の幅が広がりましたね!
今後の活躍も楽しみです。